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名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)5号 判決

名古屋市千種区御棚町三丁目二六番地

原告

小杉雅彦

右訴訟代理人弁護士

環昌一

田中和彦

同市千種区振甫町三丁目三二番地

被告

千種税務署長

小山田潔

右指定代理人

渡辺宗男

伊藤憲治

川島正之

森重男

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、昭和四三年三月八日名古屋東税務署第一六一号をもつてした原告に対する昭和三九年分所得税の税額を金六七二万一、二三〇円増額する旨の更正処分および重加算税の賦課決定処分は、いずれも無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

(二)  原告は、不動産仲介業の東亜商事こと津田耕作の斡旋で、昭和三九年一〇月一二日、買主関西土地開発株式会社(代表取締役津田喜太郎)(以下「関西土地開発」という。)に対して右土地を代金合計二、五〇四万円、代金受渡および登記申請の日を翌一三日、仲介手数料を代金の二分として売渡した。

2  原告は、昭和三九年分所得税について、昭和四〇年三月一五日、別表一「所得金額等の明細」の申告額欄記載のとおり確定申告書を名古屋東税務署長宛に提出し、申告納税額を納付した。

なお、右確定申告にかかる課税標準となる譲渡所得金額三七六万九、七七七円は、前記売買によるものであり、その計算明細は、別表二「譲渡所得金額の計算明細」の申告額欄記載のとおりである。

3  名古屋東税務署長は、昭和四三年三月八日付で、原告に対し本件土地は昭和三九年九月一四日六甲山経営株式会社(以下「六甲山経営」という。)に代金五、〇〇〇万円で譲渡されたものとして、別表一「所得金額等の明細」の更正額欄記載のとおり、更正するとともにこれに対する重加算税の賦課決定を通知した。

4  しかしながら、前記3記載の各処分は何れも無効である。

すなわち、

(一) 前記1(二)記載の如く本件土地の売買代金は、二、五〇四万円であつて、これを五、〇〇〇万円であるとするのは真実に反する。

(二) このように、売買価額を真実の価額の倍額に相当する価額と誤認してなした本件更正処分により原告の蒙る不利益は著しいものがあり、また被告において右処分にあたり僅かな注意義務をつくし調査を行ないさえすれば、右(一)の事実は極めて容易に判明し得たものであるから、その瑕疵は極めて重大かつ明白なものと言わざるを得ず、従つて本件更正処分は無効である。

5  よつて昭和四三年七月一〇日「大蔵省組織規程の一部を改正する省令」の施行による管轄区域変更に伴い名古屋東税務署長の管轄権を承継した被告(以下同様)に対し、本件更正処分およびそれに基づく本件重加算税賦課決定処分の無効確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(一)は認めるが、同(二)は争う。

2  請求原因2および3は、認める。

なお、右更正処分にかかる課税標準となる譲渡所得金額一、六七六万八、六六九円の計算明細は別表二「譲渡所得金額の計算明細」の更正額欄記載のとおりである。

3  請求原因4は争う。

三  被告の主張

被告は、原告が本件不動産を譲渡価額五、〇〇〇万円で六甲山経営に対し譲渡したと認定し、原告の昭和三九年分所得税について更正処分をしたものである。被告の調査によれば、本件土地の売買に関して左記の各事実が認められるのであつて、被告の右認定に不合理等の瑕疵はまつたくない。

すなわち、

1  原告は昭和三九年九月一四日本件土地を六甲山経営に対し五、〇〇〇万円で譲渡したものであり、原告主張のように関西土地開発に譲渡したものではない。

(一) 原告の主張する本件土地の譲受人たる関西土地開発は架空の会社であること。

(二) 本件土地登記簿によれば、昭和三九年一〇月一〇日付で原告より津田喜太郎へ所有権移転登記がなされ、かつ同日付で同人より六甲山経営へ所有権移転請求権の仮登記がなされており、登記原因日付は何れも同月九日となつていて原告主張の売買契約の日(昭和三九年一〇月一二日)よりも早いこと。

なお、右津田喜太郎の所在が不明であること。

(三) 六甲山経営は昭和三九年九月一四日本件土地を売買価額五、〇〇〇万円で小林昶(但し契約書上は前記津田喜太郎)なる者から取得しており、右代金は右小林に支払われているが、同人は原告または原告の父小杉仁造の使用した架空名義であること。

(四) 以上の事実からして、原告は本件土地売買に関し、課税を免れるため実在しない中間取得者を介在させ、虚偽の売買契約書を作成し、架空名義を使用する等して関西土地開発との取引を仮装してその所得を隠ぺいしたものである。

2  従つて本件土地の譲渡価額を五、〇〇〇万円と認定してなした本件更正処分は適法であり、また右仮装・隠ぺいの事実は国税通則法六八条一項に該当するので本件重加算税の賦課決定処分もまた適法である。

四  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張事実のうち、1(一)および(二)の各事実ならびに(三)の事実中、六甲山経営が本件土地を代金五、〇〇〇万円で取得し、その代金の受取人が小林昶とされていることは認める(ただし、右各事実は何れも本件更正決定後において判明したものである。)が、右小林が原告または原告の父の偽名であることは否認し、その余は争う。

なお、本件更正処分にかかる課税標準となる譲渡所得金額の計算明細が、被告主張のとおりであることは認める。

第三証拠関係

一  原告

甲第一ないし第五号証を提出し、証人伊藤吉弥・同大西満・同菅野吉郎および同小杉仁造の各証言を援用し、乙第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の一および二、第四号証、第九号証の一および二、第一四、第一五号証の各成立は認める、その余の乙号各証の成立は何れも不知(但し、乙第一〇ないし第一二号証の各原本の存在は認める。)と述べた。

二  被告

乙一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の一および二、第四ないし第六号証、第七ないし第九号証の各一および二、第一〇ないし第一五号証(第一〇ないし第一二号証は何れも写し)を提出し、証人蒲谷の証言を援用し、甲第一号証の成立は否認する、甲第二、第三号証、第六ないし第一〇号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一  原告の昭和三九年分所得税について原告主張のとおり確定申告書を名古屋東税務署長に提出し、その申告納税額を納付したこと、同税務署長が原告主張の如き理由で本件各処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、被告は原告がその所有にかかる本件土地を昭和三九年九月一四日六甲山経営に代金五、〇〇〇万円で譲渡したとして本件更正処分がなされ、原告は同年一〇月一二日関西土地開発へ代金二、五〇四万円で譲渡したとそれぞれ主張しているのでこの点につき検討することとする。

1  原告が所有していた本件土地を六甲山経営が代金五、〇〇〇万円で買受けている事実は当事者間に争いがないので、先ず、六甲山経営が本件土地を買受けた経緯等について検討すると、成立に争いのない乙第一四、第一五号証、証人大西満の証言により真正に成立したことが認められる乙第五号証、証人蒲谷暲の証言により真正に成立したことが認められる乙第六号証、同第七号証の一、二、証人蒲谷暲、同大西満、同菅野吉郎の各証言によれば次のことが認められる。

(一)  六甲山経営が本件土地を買うようになつたのは、昭和三九年夏ごろ、不動産仲介業の東亜商事こと津田耕作が同じく不動産仲介業の大西定商店こと大西満を介して六甲山経営に本件土地の話を持ち込んだことに端を発しているところ、当初の譲渡人は原告となつていたが、途中で小林某となり、更に契約直前に至つて津田喜太郎となつたため、売買契約時においては、売主の名前を津田喜太郎として契約書が作成され、又代金の支払は小林昶に対し手形・小切手で支払われたものであること。

(二)  右売買に関与していた者は、六甲山経営側の者を除いて前記津田耕作、大西満と小林某なる者の三名であり、右小林某は自ら原告の父小杉仁造の経営する愛知紡績株式会社の大阪出張所長であると称していたばかりか、当時の実際の同出張所長であつた伊藤吉弥とその容貌がよく似ておりその連絡先としての電話番号が同人のそれと合致していたこと。すなわち、原告側の人物である伊藤吉弥が六甲山経営の売買に直接関与していたことが推認されること。

(三)  六甲山経営は本件土地の売買代金を、支払期日および金額を〈1〉昭和三九年九月一四日金一〇〇万円、〈2〉同年一〇月九日金二、三九八万二、〇〇〇円とする各小切手で、〈3〉同年一一月一〇日金一、三〇〇万円、〈4〉同年一二月一〇日金一、二〇〇万円とする各約束手形で小林昶に交付支払つているが、右各手形の受取人はいずれも受取人が小林昶と記載されていたものであること。そして、右〈1〉の小切手については昭和三九年九月一八日に伊藤吉弥名義で、〈2〉の小切手については同年一〇月一四日に原告名義でいずれも現金化され、〈3〉〈4〉の約束手形については受取人小林昶から津田喜太郎に裏書譲渡された後、各支払期日に津田喜太郎名義でそれぞれ取立て受領されていること。なお、成立に争いのない甲第五号証によれば右〈2〉の小切手が現金化された翌日の同年一〇月一五日付で東海銀行本店における原告の普通預金に金二、四五二万二〇〇円が入金されていること。

以上の各事実が認められ、証人伊藤吉弥、同小杉仁造の各証言のうち右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

2  そして、右津田喜太郎、小林昶なる者について検討すると、津田喜太郎が所在不明であることは当事者間に争いがなく、津田喜太郎なる名前は、後記のように架空会社であり原告主張の譲受人である関西土地開発の代表取締役の名前と同一であることが認められ、又小林昶なる者については、前記各証拠と成立に争いのない乙第四、第九号証の一、二によれば、同人の所在も不明であり、しかも同人の住所とされている所は右津田喜太郎の住所とされている所と同一場所であることが認められ、本件全証拠によるも、津田喜太郎、小林昶と名乗る人物が直接六甲山経営の側の者に面会したり、交渉したりしたことが一度もないことが認められる。

3  買主である六甲山経営が本件土地の譲渡人を誰とみていたかについては、証人蒲谷暲の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第一〇ないし第一三号証、証人蒲谷暲、同菅野吉郎の各証言によれば、六甲山経営および同会社より本件売買について融資を依頼されていた神戸銀行六甲山支店においては、前記のとおり売主の名前が転々変更されるものの、終始一貫して、原告から本件土地を買受けるものと認識しており、代金受取人小林昶なる名前は原告ないし原告の父小杉仁造が本件売買についての課税対策上使用した架空名義と理解していたものであることが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。右のように、六甲山経営としては、本件土地の所有権者が譲渡人であることを認識していたからこそ、その名義にこだわらず、小林昶宛に五、〇〇〇万円もの高額の手形・小切手を振出しているものと解せられるのである。

4  一方、原告は本件土地を関西土地開発に代金二、五〇四万円で譲渡した旨主張し、不動産売買契約証書(甲第一号証)によれば、右事実が認められるかのようである。しかし、これには次の如き疑問がある。((一)(二)の事実は原告自身も認めるところである。)

(一)  買主とされている関西土地開発は架空の会社であること。しかも、その代表者名は前記所在不明の津田喜太郎となつていること。

(二)  成立に争いのない乙第三号証の一によれば、本件土地について登記簿上買主として原告からその所有権移転登記を経由しているものは、原告主張の関西土地開発ではなく、昭和三九年一〇月一〇日津田喜太郎に対し、所有権移転登記がなされており、かつ同日、右津田喜太郎から六甲山経営へ所有権移転請求権仮登記がなされていて、その登記原因日付はいずれも昭和三九年一〇月九日であること。しかも、右各登記の日付は昭和三九年一〇月一〇日であるから、原告主張の譲渡日(昭和三九年一〇月一二日)より早いこと。

(三)  仮りに原告主張通りの金二、五〇四万円で本件土地の譲渡がなされたとすれば、これを六甲山経営が金五、〇〇〇万円で買受けているのであるから、その中間取得者はごくわずかの期間のうちに同一物件を倍額で売却し、二、五〇〇万円もの利益を取得したことになる訳であるが、高額の本件土地の取引において、まして買主の六甲山経営側の慎重な態度からみて、右のようなことが実際に行われたとみることは困難であること。

右のような疑問があつて、原告の主張する関西土地開発と売買取引がなされた事実は到底認め難いものであり、甲第一、第七、第八、第一〇号証の各記載内容および証人伊藤吉弥、同小杉仁造の証言はいずれも信用することができないものである。

以上1ないし4のことを総合考慮すると、六甲山経営に対する表面上の売主である津田喜太郎、小林昶なる者はいずれも売主側の使用した架空名義であつて、売主である原告と買主である六甲山経営の間に中間取得者の介在する余地が認められず、結局本件売買は、津田耕作、大西満を仲介者として、原告・六甲山経営間で直接に行われ、その売買代金五、〇〇〇万円を原告において取得しているものというのが相当である。

原告は、原告の受領した二、五〇〇万円と六甲山経営の支払つた五、〇〇〇万円の差額金二、五〇〇万円が原告の手に入つたことを証する直接証拠がない旨指摘するけれども、前記認定の各事実から本件が原告と六甲山経営との直接売買であつて、その代金が完済されたことが認められる以上、原告が右五、〇〇〇万円を全額受領したことを推認することができるのであつて、原告主張の直接証拠がないことは、右認定をするについてなんら障害となるものではない。

三  以上要するに、原告は、本件土地を六甲山経営に代金五、〇〇〇万円で譲渡したものの、右売買による取得金員が多額に上るためそれに対する課税処分を免れるため、前記のように実在しない小林昶・津田喜太郎の如き所謂中間取得者を介在させ、或は、甲第一号証の売買契約書を作成したり、架空名義を用いる等の手段を弄して、本件土地売買について関西土地開発との取引を仮装してその所得を一部隠ぺいしたものと認めることができる。

従つて本件土地の譲渡価額を五、〇〇〇万円と認定したその余の各数額について当事者間に争いのない別表二「更正額」欄記載のとおり計算した結果に基づき被告がなした本件更正処分は適法であり、また、右仮装・隠ぺいの事実は国税通則法六八条一項に該当するから本件重加算税賦課決定処分もまた適法である。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 窪田孝夫 裁判官 小熊桂)

物件目録

神戸市兵庫区有野町唐櫃字六甲山四五一二番の一〇五

一、山林 一町四反五畝二歩

同所 四五一二番の二九八

一、山林 六反二畝二五歩

別表一 所得金額等の明細

〈省略〉

別表二 譲渡所得金額の計算明細

〈省略〉

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